弱者はナイフを持って町に立つ

 

どうもすうしぃです。

おっぱいがもみたい。

平常運転のすうしぃです。

 

今日は泣きました。久しぶりに泣きました。使えないと思っていた涙腺機能がまだ使えたので嬉しかったです。

 

祖父と車で別府の定食屋に行ったんですが、隣にポルシェが止まっていました。お店に入ったらポルシェのお客だけが座っいてなぜか祖父はその1つ隣の席に座りました。

 

ポルシェのお客は5人で、全員美男美女で高級な身なりをしていかにも「お金持ち」という感じでした(ある意味定食屋には不相応でした)。彼らは作業着の祖父とパーカーのぼくを見下ろすように見ました(ただの考えすぎかもしれませんが)。そして彼らは周りに聞こえるように大声で話し出しました。

 

何もかも負けている気がしました。注文した定食をキャンセルしてもらい祖父にともに店を出るようにお願いしました。その後祖父のアイデアでほっともっとに行き注文してくれている間に車の中で泣きました。

 

「弱肉強食」とはよく言ったものですが、強者は弱者から何かを奪っても自身は決して奪われることはありません。反対に弱者は奪われても奪う、奪い返すことができないのです。なんという不可逆性。世界の裏切り。

 

弱者は奪われ続ける。奪われるのが止む時、それは弱者が強者に変わった時、あるいは死ぬ時でしょうか。それでも強者は奪うことをやめない。なぜならそれが快感で仕方がないから。

 

年に何度かおとなしそうな外見の人が大きな犯罪をするニュースを見ます。彼らは人々から奪われてきたのでしょう。奪われて奪われて、平静を保てなくなるところまでいき、罪を犯さないと狂うところまで行ったのでしょう。ワイドショーでは彼らを面白くおかしく取り上げますが、本当に取り上げるべきは彼らから大切なものを奪い続けてきた「奴ら」の方ではないでしょうか。

 

先日ハリウッド映画「ジョーカー」を見ました。心やさしき社会的弱者が社会や人々から傷つけられ徐々に「悪」に変貌していく物語です。

 

アメリカも日本の社会もどちらとも「弱肉強食性」の強いものになっている気がします。外を走る車も高級車と軽自動車の二極化が進んでいるようにも見えます。

Winner (勝者)とLoser (敗者)の二分される社会で、弱者はナイフを持って町に立つ。

 

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