元号の変化が示す暗示とアイロニーとは...

 

どうもすうしぃです。

日本では新しい元号である「令和」が発表されましたね。現在私はオーストラリアにいますが、SNSを通して日本ではお祭り騒ぎになっているのを感じています。

 

これは当然と言えば当然な話ですが、オーストラリアでは日本の元号が新しく発表されてもこちらはいつも通りの日常が続いています。

 

これまた当然の話ですが、結局今回の発表で何が分かったかというと、「今回の元号の発表は、切れ目のない日常に一つのコンマを描こうとしているにすぎない」ということでしょうか。

 

「令和」が発表されても、日は東から昇り、野良猫はいつも通り日向ぼっこをしています。

 

つまり今回の元号の変化は「日常は何一つ変わらない」ということのメタファー(暗示)と、「単に人々の内的意識が変わったに過ぎない」というアイロニー(皮肉)をはらんでいることになります。

 

呼び方だけが違ういつもと変わらない 日常に、何かプラスの形で物事が進んでいければと思います。ではでは。

 

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