幸せになる勇気を読んで

今日ようやく「幸せになる勇気」を読み終えた。高校3年の冬に読んだ前作「嫌われる勇気」は当時挫折の底に沈んでいた自分に垂れるくもの糸だった。

 

 

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

 

トラウマの否定、

全ての悩みは人間関係、

自分と他人の課題の分離、

そして今ここを生きる。

 

ぼんやりとしか内容を理解できなかったど、確実に物事の確信をついているこの本に感動して受験期にもかかわらず3周も読んだ。浪人中に読んだ禅の本とアドラー心理学を独自にミックスさせた哲学は、今の自分を支える土台になっている思う。

 

あれから5年。兄からもらった「幸せになる勇気」を最近になってようやく読み始めた。相変わらず分かるようでよく分からない。

まるでココイチのカレーのみたいだ。

ただ「全ての問題は愛に帰結する」というアドラーの指摘は高校時代に自分でも導いた結論だったからうなずける部分は多かったし、幸せになるためのゴールは結局のところ「愛」なんだと思う。

 

この本の内容をまだ自分は30パーセントも分かってないと思う。

それだけこの本は理解に時間がかかるし、アドラー本人も「生きてきた人生の半分の時間がかかる」と言うほどこの内容を自分の血肉にするには何度も読む必要があると思う。

 

「どうやったら幸せになれるだろうか?」

もんもんと悩む自分にリア充が笑って答える。

 

「彼女とエッチすれば?」

幸せのフィロソファー(哲学者)は彼の方だった。

 

ではまた。

 

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五月に泣く

最近になって慶応に落ちたことに後悔することが時々ある(今日も朝起きた瞬間後悔してた)。

 

後悔しろよ。
後悔してくやんでくやんで、苦しみ抜いた先に何かあるなら後悔も悪いものじゃない。

 

年上の女性から前に「君は視点が定まってない」って言われた。「目は力を表す」って言うけど、覚悟を持って生きてる奴とそうじゃない奴の間には大きな違いがあるように思う。

 

ぼくの弱さが君を傷つける。
生きることと苦しむことがニアリーイコール(≒)だと感じる夜。

 

夕方に混乱して少し寝たら、どこかから「生きてるだけでエライね」という声が聞こえた。

気がした。

 

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公園を占拠してるおっさんに一言いいに行った

 

前のアパートの近所の公園にいつもホームレスのおっさんがいる。

アパートの隣のカップルと騒音のことでケンカして家にいたくなかったので昼飯ついでにその公園に行ってみた。

 

いつも公園の東屋(あずまや)を独占しているおっさんにひとこと言おうと思ったけど、実際に間近でおっさんを見ると妙な親近感を感じた。

寝顔が優しかった。

 

ぐうぐう眠ってるおっさん。

向かいでから揚げ弁当をムシャムシャ食べるてる自分。

食べ終わってもう一度おっさんを見てみると、おでこにあったニット帽が鼻の下まで下がっていた。

 

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人生で後悔してることは...

今日友人から「すうしぃは人生で後悔してることはないか?」って聞かれた。
ない。

 

父親との問題を解決してからは真っ白なんだ。本当にない。

 

慶應受験も全力でやったし(落ちたけど)、好きになった人にはちゃんと告白してきた。後悔なんて全くないんだ。

 

と言いつつも夜中に考えてみたらあった。一つだけ。小学校6年の頃にいじめていたうさぎの供養がしたい。ニワトリの世話に憧れて飼育委員になったけど、突如ニワトリが死んでしまい代わりに白いウサギと茶色の2匹がやってきた。

 

なつきもせず何がかわいいのか分からないウサギに腹が立って、追いかけ回したりほうきでバンバン叩いたりもした。あれから10年たってウサギももうこの世にはいないけど、傷つけたことを申し訳なく思う。タイミングが来たら学校に行って供養がしたい。思いの残すとしたらそれだけかな。

 

これは気のせいかもしれないけど、
なんとなく自分に何か大きなアクシデントが起きる気がする。妙な胸騒ぎがするんだ。

 

まあ、あんま後悔もないし十分生きた気もするわ〜。周りに感謝ですわ。
ではまた。

 

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5月の風はとうもろこしの匂い

5月に入りました。

あと2カ月で7月になると考えると不思議な気持ちになります。

1日は長く、ひと月は短いですね。

ちなみにさっきまでAVを見てました。

(ジャンルは聞かないでくれ)

 

学校生活は順調です。

興味のある分野の授業を受けるのはこんなにも楽しいものなんですね。

高校の頃からやってみたかったアドビの編集ソフトをマスターするのが待ち遠しいです。

 

今年は画像編集、映像編集に加えて楽曲制作(DTM)もやっていこうと思います。

まあ作曲と言ってもピアノの延長線にすぎません。

今年のうちに1曲は作り上げようと思います。

ボーカルは初音ミクに頼もうか...あるいは....

 

セカオワのライブについてですが、抽選から外れていました。

落ちたのは残念だけどチャンスはひとつじゃない。

機があれば向こうからやってくるでしょう、本当に必要なものであれば。

人生とはそういうもののような気がします。

 

明日からゴールデンウィークですね。

子供の頃からこの連休に対してゴールデンという印象を受けたことはありませんが、

人によってはゴールデンなのでしょう。

 

5月は2番目に自殺者の多い月でもあります。ハリウッドザコシショウの動画を見ると死ぬのが馬鹿らしく思えます。同時に生きるのもアホらしく感じます。

 

またお便りします。

ではまた。

 

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天の啓示(?)をうけた話

 

高校1年ごろの話。当時自信のない自分は人生を変えたくて地元じゃ有名な荒れた中学校から勉強して進学校に入った。

これで人生安泰と思ったのもつかの間、人との距離の取り方がうまくつかめず空回りと自問自答を繰り返していた。2学期からルーム長に立候補したものの、結局は名ばかりのもので人望なんてつゆほどもなかった。

大阪から推薦できたラグビー部に高校のクラスラインをはぶられ、誰にも自分を理解されない状況だった。同時に自分もまた誰も理解することができなかった。

「なぜ自分は誰一人理解できない?理解しあえないんだ?」

 

答えのないような禅問答を繰り返していた3学期の朝のホームルームで突然不思議なことが起こった。

「自分も他人も全て同じ自分だよ。見かけや考えは違うけど、全てひとつなんだよ」

そんな言葉がどこかから降ってきて、ものすごい多幸感に満たされた。授業なんててんで頭に入らないくらいの衝撃と幸福感だった。

嫌いなラグビー部のあいつも、大人びて自分をバカにしていたソフテニのあいつも一時的ではあったものの完全に許すことができた。

あれ以来そんな衝撃的でスピリチュアルに近いような体験はしていない。
天の啓示とはまさしくああいったものなんだろうなと思う。

 

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引っ越しました

隣人への挨拶代わりに買ったボックスのハーゲンダッツ(760円✖︎2箱)
両隣の部屋はそれぞれ男子と女子。
「隣がJDならまあいいか」と思っていたものの、

どうやらボーイフレンドを連れているよう。

俺の買ったハーゲンダッツをカップルで食べてるんだろうな。

けしからんうらやましい!俺も混ぜてくれ!

とりあえず夜はお静かに。
平和が一番。


アソートボックス|ハーゲンダッツ ジャパン