戦争でお金を儲ける人たち 〜軍事企業と日本〜

世界では戦争が起きることでお金を稼いでいる人たちがいるのをご存じでしょうか?

それは軍事企業です。

2017年の世界トップ100の軍事企業のうち41社がアメリカの企業で、 総売上44兆円のうちの約6割である25兆円ほどがアメリカの企業によるものです。

ちなみにストックホルム国際平和研究所の報告によると2010年の世界の軍事企業トップ100のうち5社が日本企業で、

25位 三菱重工業 (2368億円)
57位 IHIグループ(1064億円)
64位 三菱電機(928億円)
68位 川崎重工(816億円)
70位 NEC(784億円)

引用:https://hbol.jp/20994

となっています。国際テロやISISなどが問題となっていますが、軍事企業にとって彼らは「金の卵を産む鶏」なであり、言い換えると彼らがいなくなると軍事企業はおまんまにありつけなくなるのです。そして軍事企業は自国だけでなく、海外やテロ組織にも武器輸出をして利益を上げているのが現状です。

ちなみに日本では2012年に第二次安倍政権が発足してから軍事費は右肩あがりに増大し、2013年に3兆円だった軍事費が2019年では5兆円にまでふくれ上がっています。

そして日本と米国間の「対外有償軍事援助(FMS)」によって米国政府からの武器輸出額の 予算が2012年は1300億円だったのに対し、2019年はその5倍の6900億円にまで増大しています。さらに今年の5月末に日本政府はアメリカからさらにF35戦闘機を105機購入することを発表し、その額は1兆2000億円にのぼります。そして消費税を増税してまで日本政府がやろうとしているのがさらなる「武器輸入」になります。

国際世論として戦争反対の動きが強まり戦争の規模が縮小している中、世界の軍事企業の大半を締めるアメリカが利益獲得のターゲットにしているのが、ぼくら「日本国民」ということになります。

ぼくらが何気なく買ったファミチキの180円のうち13円が「人殺しの道具」を買うお金に使われているのです。


戦争があってはならないのは「人殺をしてはいけない」という倫理的理由だけでなく、人殺しの道具を作ってお金儲けをして喜んでいる人たちがいるからです。

戦争は「正義」ではありません。政治家や軍事企業、それを支える投資家などの一部のひとたちにとっての「お金もうけ」にすぎないのです。

NO MORE WAR.

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就職おめでとう!!...おめでとう??

 

3日前に大学の友人に連絡をとったら、東京の企業に内定をもらったことを知った。そしてぼくは彼に「おめでとう!」と返信した。

知り合いの同級生はほとんど最終学年になり、その半数以上が8月までに内定をもらっていた。そんな友人にぼくは口をそろえて「おめでとう」という言葉を贈った。

でもそんな言葉を伝えながら、心の中で常に引っかかるものがあった。

「就職...おめでとう?」

ブラック企業に残業、パワハラ、終身雇用制の崩壊、年功序列の形骸化、そして不景気。そんな中、就職という道は人を幸せにするんだろうか?

もちろん就職は経済的に自立して「一人前」になったという証になるし、楽しんで仕事をしている人たちも何人も見てきたから一概に「就職後の将来=悲観的」とは言えないし、それ以前にお金がないと人は生きていくのが難しいからしのごの言ってる場合じゃないかもしれない。

ただ、今の世の中で就職という道はその人を本当に幸せにしてくれるんだろうか?人生というレールの分岐点である「就職」の向かう先は明るいのだろうか?

今から15年前に、ニュースで取材を受けたニートの男性の「働いたら負け」発言が当時物議をかもした。賛否両論あったけど(圧倒的に否が多数だった)、これは現代社会の人々の気持ちの核心をついている発言だとも思う。

それは「働いたら(安月給で雇われてその上株主や税金で搾取されるから)負け」という意味を言外に含んでいると思う。

今の日本の会社の現状をある程度見聞きしてきたつもりだけど、実際に働いてみないとわからない部分もあるし、なによりイメージだけで物事は語れないと思う(そして語るべきではない)。

ただ日本をとりまくサラリーマンの将来を楽観的にとらえるのは難しいのと同時に、「就職=幸不幸(こうふこう)」と白黒ハッキリ決めつけることができないのも事実だと思う。

就職が「おめでとう!!」なのか「おめでとう?」なのか。それは、内定通知を手に入れた人のこれから先次第なのかもしれない。


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風俗でDT卒業した話 〜前編〜

 

この話の端書きをどう書こうか。

正直この話は今まで人に話すには取るに足らないものだと思ってたし、現に今もそう思ってる。それでもこの話をすることで話を知ってる人や知らない人、それに自分自身に対しても役立つと信じて書こうと思う。

 

じゃあ話を始めようか。あれは今から2年前の2017年の1月下旬のこと。ちょうどその上旬に成人式を終えてぼくは形式的な「大人」としての仲間入りを果たしたんだ。そしてその通過儀礼を終えてから、ぼくはものすごい焦燥感に刈られたんだ...

 

「俺、まだDTじゃん.....」

(DTが何かわからない人は「DT みうらじゅん」で検索してくれ!!)

 

そもそもDTどころか生まれてこのかた彼女もおらず、カラダを張って「年齢=彼女いない歴」という不名誉な方程式を成立させていたんだ(そのせいか彼女という存在は自分にとって一種のフィクションだった)。

 

大学に入るまでに女子に5回以上告白してフラれてきたし、大学に入ってから一度だけ激情の中同級生とロマンチックな夜を過ごしながらもお互いにギクシャクした感じで終わってしまった。そして1月も終わりに差し掛かったある日の午前11時頃、つのっていた焦燥感が一気に爆発してしまった。

 

「DT卒業したいっっっっっっっっっっ!!!」

 

その強い思いに引っ張られるやいなや、いとこがおすすめしてくれた別府の風俗店の住所をネットで調べ原付のエンジンをオンにするまで30分もかからなかった。

善は急げ、正義はジャスティス!! (意味不明)

 

「今から卒業、今から卒業、今から...」

ありあまる性欲による興奮と今から卒業できる喜び、それに風俗に行くという緊張感という3つの気持ちを抱えながら、山の上の大学寮から別府の街へ原付のカブのエンジン音が響くのだった...

 

つづく...

 

 

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泥水飲んでない奴なんていねーよ

どうもすうしぃです。

先日実家にいた時に祖母から「ま〜、いとこの◯◯君はあんなにたくましくなったわ〜」と言われました。

いとこはぼくの一つ下にあたり、福岡の私立大学の4年生で剣道部の主将をしながら地方の企業から内定をもらいました。彼は10歳の頃に父親を亡くしましたが、それにも負けず明るくて活発な人です。

以前にも祖母からいとことぼくを比べられることがありましたが、祖母にそう言われた時、「逆にお前はたくましくない」というメッセージを暗に受けた気がしました。

人と比べて優越感にひたる人は、同時に人と比べて劣等感にさいなまれることになります。持って産まれたスペック(外見、身体能力、才能)、環境、境遇が異なるなかで人と何かを比べるのはナンセンスな気がします。

仮に自分が誰かに対して優れた部分があるとしてもそれは部分的なものであって、その誰かは別の分野では自分よりも優れている「先生」だったりします。

地方の進学校に入学した時、「勉強してない奴はダメだ」と周りを見下していましたが、今思えばそれぞれ得意不得意が違うなかで一つのモノサシで優劣をつけるのは浅はかな考えだったし、なによりも傲慢だったと思います。

以前にいとこの母親であるおばから、「すうしぃちゃんは本当の苦労を知らない。うちの◯◯君は父親を亡くして苦しんだんよ」と言われました。

どこでこの言葉を知ったのかは忘れましたが、叔母やいとこ、そして自分自身に対して

「苦しんだ経験をした人ほどその後の人生で報われる」

ことを願います。

 

 

泥水飲まずに生きてきた奴なんていねーよバカヤロー。

ではでは。

 

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拝啓 量産型ファッションの君へ

 

ここ2、3年ほど街中やキャンパスを歩いて思うことがあります。

 


「黒コーデの人めちゃくちゃ多くね!!???」

 


ここで黒コーデの人たちに一言、いや二言ほど言わせて欲しい。

 


お前の色覚レベルは犬かよ!!(犬は白黒でものが見える)
なんや葬儀でもあったんかい!!

 


黒コーデがここ数年のトレンドと言えば仕方がないですが、着ている人を見てもあまり自分らしく着ているように見えない気がします。

なんというか、ファッションというものが「自分を輝かせるもの」というよりも、流行に乗って「周りにナメられないための装備」として着ている人が多い気がします(もちろん自分もそうですが)。

ガンダムには「ザク」という量産型のモビルスーツがありますが、人々は自分なりのモビルスーツを着るのを恐れて量産型の「ザク」に成り下がっている気がします。

 

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       ザク


流行に乗ったり周りと似たファッションにすると少なくとも「イケてない」部類には入らないという安堵感がありますが、その反面ほかと差異がない分「無個性」とも言えます。

ファッションに正解はありませんが、自分にとっての正解は流行や周りのコーデと同じとは限りません。自分にとっての理想的なスタイルを追求することこそが、本来のファッションでありコーデなのかもしれません。ではでは。

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600万あればスイスで安楽死できる件について

 

どうもすうしぃです。先月の8月22日の5ちゃんねるでこんなスレッドがありました。

 

「来月スイスで安楽死してくる予定だけど質問ある?」

 

リンク : http://world-fusigi.net/archives/9451858.html

 

このスレッドでは「日本でIT関係の自営業をやっている男性がスイスで安楽死をするのでフライトの前日に質問に答える」という内容になっています。このスレッドの筆者、いわいる「スレ主」が始終冷静に寄せられてくる質問に答えているのが特徴的です。ちなみにスレ主の安楽死をする理由を

 

20: 名無しさん@おーぷん 19/08/22(木)23:25:17 ID:2uf
>>15 
こんな悲惨な事がありました。とかは一切無く退屈だしいいタイミングかなと思って決めました。
 
24: 名無しさん@おーぷん 19/08/22(木)23:28:10 ID:2uf
>>20にも書きましたが、これと言って大きな理由はないです。 
もうやりたい事もやったし、いいかなという考えです。 
と述べていて、一般的な人と比べて死に対してあまり悲観的に捉えていないようにも思います。本人は家族や親族もいないと語っていますが、それが安楽死を後押ししたのかもしれません。
スレ主がいうには「スイスでの安楽死の費用はミニマム(最低)で130万、旅費含め合計600万円持っていく」と述べています。当然のことながらスイスでは安楽死が合法化されていて、ヨーロッパではスイスでの安楽死は一般的だそうです(ちなみにヨーロッパはイギリス以外は陸続きになっているので電車で他国にいくというのが可能担っています)。

 

スレ主が自殺ではなく安楽死を選んだ理由は
・自殺をした場合、警察や大家に迷惑がかかる
・自殺をした場合遺体の処理で税金がかかる

・安楽死の場合事後処理も費用に含まれている

の3つです。

 

当然のことながら日本では法律上安楽死が認められていません。Web情報サイト「Dear B」によると、世界自殺率ランキングで日本は13位だそうです。倫理観も日々変化していく昨今、安楽死という選択肢もこれからもっと身近なものになっていくと思います。

 

「どう生きるか?」について問われても、「どう死ぬか?」について聞かれると答えにつまるのが今の日本の現状だと思います。

 

現実的に死が身近になって安楽死という選択肢が現実的に可能になる時、

あなたはどうしますか?

 

今日はここまでです。

ではでは。

 

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最近のニッカン問題について思うこと

 

このごろテレビやネットでは日韓問題が白熱しているように思います。表紙に「韓国は要らない」とまで大々的に書く雑誌まで出ています。

それらを見てよく思うのは、「日韓問題出したらとりあえず視聴率とか発行部数は稼げるんやろうな〜」です。

テレビやネットに関わらずどのメディアのニュースでも日韓問題に対してセンセーショナルに取り上げているように思います。センセーショナルに取り上げることで注目を集め、視聴率やアクセス数を集めてお金を稼いでるんだろうなと思います。

ぼくには大学で知り合った韓国の友達が2人と在日朝鮮の友人が1人います。皆んな優しくていい奴です。
スプラトゥーンが大好きな奴もいます。韓国の友達は2人とも徴兵で母国に帰っていて、無事に任期を終えるのを祈るばかりです。

彼らは野蛮な人たちではありません。ぼくらと同じように泣いたり笑ったりする「等身大の人間」です。

日韓問題に対して思うことは色々ありますが、ぼくらはお互いにとって最善の道を歩まねばなりません。「目には目を」では何も変わらないのです。

歴史の傍観者でいつづけるのか、
それとも歴史を変える主人公の一人になるか。

決めるのはあなた自身です。

 

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